長野県の山間にある極々一般的な古民家。その古民家がなんとパリに移築再生された。そんな話を聞く機会が得られたので話を聞いてきました。その概要をまとめます。
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事の始まり 時は1970年代- 長野県木曽地方に位置する開田村。その村の度合(どあい)という集落に畑中たみさんが住んでいました。たみさんは麻織りの名人。正倉院にまで納めるものを作っていたほどの人。その方に、民俗学者でフランス国立科学研究所主任研究員のジャーヌ・コピーという大の親日家女性が出会ったことからこの話しが始まったのです。
移築再生への想い たみさんは1979年に無くなり、たみさんの家は空き家になりました。 ジャーヌ・コピーさんは、麻織り名人であったたみさんとの交流を懐かしみ、その空間であるあの民家がこのまま朽ちていくのが忍びないと考え、故郷パリに移築再生を考えたのです。
移築再生へのコンセプト その移築再生を考えたとき、ジャーヌ・コピーさんが注意したのが、たみさんの生活の匂い、思い出までそっくりパリに移すこと。そのため、鍋釜といった生活道具から神棚、味噌や梅干しを入れた壺、囲炉裏の灰に至るまでそっくりそのまま持って行くことでした。
10年に及ぶ長い道のり 1996.08 古民家調査
1998.11 解体開始
1999.02 コンテナ積込み。名古屋港からパリへ *建築確認でストップがかかり材料・道具はパリに保管
2001.05 大工道具のみ一旦持ち帰る
2005.09 コンテナ内の材料確認 *雨漏りと湿気、蟻の侵入等により材料の1/3は使用不可能 と分かる
2007.2.5 再生工事 ~4.5 エッフェル塔に隣接するシャイヨ宮殿3階の室内!に立て始めた。 シャイヨ宮殿常勤の建築家とのトラブルやフランスの労働意識との違い等にとまどうものの、 この2ヶ月間に100人を越える手伝う人の支援を受けて完成!
実際に調査から始まって、様々なトラブルに巻き込まれながらも、足かけ10年という長い年月がかかりながらも無事に終了したとのこと。 現物、見てみたいです!
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